【投稿】 「認知症の妻(P子)と生きる」 12/16

キーやんが綴る妻P子との日々と想い出、身の回りのこと < 2014年12月 >


◎ 日記を発見 !!
P子の日記を書棚整理で偶然に見つける!
楽しかったこと、記憶か薄れていくこと出来なくなったことの悔しさと頑張る気持ち、
そして「茂徳さんありがとう!」が何度も綴られました。
日記は病気が進行することで文字が飛び文にならず終わっていました。

「辛かったのね!と なみだ心と感謝でする介護」

◎ 思い出に残るP子の言葉!
何度も「タバコ止めた!」と言って禁煙を繰り返す僕に
返ってきたP子の言葉「それは止めたではなくて、休むでしょう!」の一撃(>_<)
僕はこれでタバコを止めることが出来ました(^^;)

◎ 思い出に残るP子の言葉!Ⅱ
キー;一匹200円のサンマは高いのでは?100円で売ってるよ!
P子;高くないわよ!安いサンマを買ってきて、「油が乗ってなくて旨くない!」と言って半分しか食べないなら値段は同じ。私は残された上にゴミが増えて気分が悪い。だったら「旨いな~!」と言って残さず食べて貰った方が気分が良くて嬉しいわ!
キー;サンマの塩焼きを挟んで P子にゴメンナサイ! 

◎ 二人の出来なかった夢と今
Pはお茶に熱心で若い頃に茶道(裏千家)の結構上の許状を頂いていました。
そして英会話とジャズダンスをしていました。
僕は山歩きで体力作りと判断力を養ってました。
その目的は僕が定年退職をしたら海外に移住し、
P子の茶道教室と僕のくそ度胸で余生を楽しむことが二人の目指す夢でした。
(P子は先生から仕込まれてお料理が上手くお花もそこそこに出来たました。ただ書は??でした。)
しかし残念ながらP子が病魔に冒され夢は潰えました。
P子のあの生き生きとした姿が思い出の中に蘇ってきます。
そして僕が介護を苦とせず出来る一つの要因は山歩きを楽しんでいたからだな!と感じています。

「山歩き もうすぐだよ!もうすぐだよ!とだまされても出る笑顔」

◎ 二人は転勤族 Ⅰ
結婚してから三鷹を拠点にしての転勤族でした。
転勤は東京→博多→東京→大阪(居;宝塚)→東京→青森県大畑→仙台→東京→大阪(居;神戸)→東京と9度転居しました。転居の支度は殆どP子任せで転居慣れをしたのかP子から転居の愚痴を聞いた覚えがありません。かえって転居地での新生活を楽しもうとしていた様にも感じていました。

「公然と社費で旅行を楽しんで!」
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