介護・妻と生きる

介護・妻と生きる  記/三鷹市 キーやん

 86歳の義母・60歳の妻・59歳の私。私が、妻の介護を始めた時の家族構成です。義母は92歳の時に妻の姉が引き取り、子供はなく、それ以降は二人だけの生活です。妻に物忘れや行動の異変を感じ始めたのは妻が56-57歳の頃。不安の中で複数の病院を受診しましたが病名は付きませんでした。認知症の疑念も持っていましたが更年期による障害であればと念じていました。
 妻が59歳の時、文京区の大学付属病院に若年性アルツハイマー病の専門外来があることをテレビニュースで知り、妻の症状に符合する幾つかの項目を見つけたので、直ぐに電話で受診相談をして診察を受け入れて頂きました。このことは診察結果は別として不安解消の扉を開けることができた一瞬のチャンスでした。
 その病院で種々の検査を受けて出た診断は、私達夫婦には息が詰まる悲しい病名「若年性アルツハイマー病」でした。失意の中での先生との話しで、今も覚えている言葉は「奥さんとご主人と私のトライアングルで病気と闘いましょう」でした。妻の目を見つめて励まされ、私には「病気と介護を知るために家族会に入って介護先輩の経験話しを聞き、仲間と情報交換をして介護全般について学び、お二人に合った介護を考えて下さい」というアドバイスでした。認知症という終わりの見えない道を妻と走り出した一歩でした。
 
私は、妻の病状の進行を食い止めようと上司に相談して定年を3ヵ月前にして退職をしました。退職後、上司のはからいで時間に縛られない職場で3年間お世話になり、色々な面で介護に専念できる生活にソフトランディングができました。退職した会社と再就職先の会社に感謝しています。
介護度2に始まり今や5になった妻を9年間介護している中で、介護先輩の話し、関係小冊子、家族会・講習会・講演会でのアドバイス、ご近所の皆様の応援等で学び気付いて取り組んだこと、今でも続けていることを述べさせて頂きます。

1,妻の介護で気を付けたこと
①妻に話しをする時は笑顔で目を見つめ語尾を上げてゆっくりと話し、発語困難な妻が話そうとする時は笑顔で頷きながら妻の思いを推測して聞き続け、スキンシップを大切にし、同感する気持ちを言葉や表情や動作で伝える。常に笑顔で怒らない、ダメ!を言わない、説得しない
②病状の進行を遅らせるために、確認や合い言葉で話し掛けて行動に入る、5000歩散歩、一緒に買い物、童謡・唱歌・昭和60年代の歌謡曲等をBGMで流す、就寝と目覚めの時にオルゴール、アロマセラピー、健康維持体操、手足肩首のマッサージ、寄席・観劇、乗馬、旅行
③事故防止のために、階段等に手すりを付ける、夜間の足下点灯、転倒防止のため部屋の整理
④健康維持を考えた食生活

2,先々の生活予測を立てる
80歳迄の家計収支バランスシートを作成して金銭面や生活環境を把握して無理のない生活に心掛ける

3,妻または私の不測のために
①二人のエンディングノートの作成
②遺言書の作成
③成年後見人制度の活用
④隣家の方の見守り 

4,安心した介護生活のために
妻と私の兄弟姉妹、ご近所、家族会、友人・知人、ケアマネ、掛かり付け医・薬局、福祉協議会等とのお付き合いを大切にすること。特にご近所の方に道で会った時は、挨拶の後に一言の会話を大切にする。

5.私自身のこと
①音を上げない、愚痴を言わない、助けは遠慮なく受ける
②日々の生活を平穏に過ごすために、ものごとをポジティブに考えて愉快に過ごす
③終わりの見えない介護生活のために
a.生活のケアはプロに、私は妻の心のケアを
b.自らが発信しなければ手を差し伸べてもらえないという思いで、家族会等の会合には出来るだけ参加していっぱい喋り、そして聞き出す
 目的は、情報の収集、介護の不安・葛藤・ストレスの解消、気持ちのリセット
c.介護から離れて自分のホットタイムを作る
d.友人知人等の周囲の人から褒めてもらう
e.外出時にはオレンジリングをする

6,共に生きるための成り行き
介護当初から暫くは、妻の介護はデイサービス等を活用しながら自宅で介護をするとの思いが強く、実行してきました。しかし、多くの介護先輩等の話を聞く内にそれが僕の思いに合わせて独り善がりの介護であって、決して妻自身の安心と納得した生活に繋がらない介護だと気付き、妻は発語困難なので自分の意図を十分に言えず苦しかったのではと反省しています。そして、僕を応援してくれる多くの方達のアドバイスで介護の方法・形態にはいろんな選択肢があり、私達夫婦の生活環境に合って妻が穏やかに過ごせ、私が安心して妻を見守り、自分の時間も作ることが大切であることに気付かされました。
実は、介護することにストレスなどないと自負していたのですが、夜の介護で体調を壊し、心配をして頂いた人達からも背中を押されたことで施設への入所を決断しました。幸い長く待つこともなく昨年9月に妻を特養に入所させることができました。辛い決断でしたが、日中はほぼ毎日施設に行って一緒に過ごすことができるので、喜ぶことのできる成り行きだったと思います。
下記が施設入所を決断するにあたって背中を押された皆様方からの言葉です。
*木部さんは三日間泣きなさい。奥さんは三日経てば生活に慣れるよ
*70歳になると体力・気力・知力とも落ちるよ
*介護のプロの知識や経験は幅広く深い、信頼しなさい
*夜と昼の介護が入れ替わったと思えばいいことじゃない。施設に行って昼間一緒に過ごしなさい
*現実を直視しなさい。想いだけで介護は出来ないよ。木部さんに何かあったら奥さんはどうするの

7,最後に
介護には、戸惑い・不安・不満・いらだち・投げやり・反省・落ち込み等々が付きもの。やっかいなこと、したくないことも後回しに出来ずに日々をパタパタ過ごすのは当たり前。気持ちを切り替えて介護の日々を長く続けるために、体と心の健康、生活の安定、それに加えて感謝の心が大切なことを病院や地域の家族会の介護先輩や同輩に学び、福祉協議会の情報、ご近所の皆様の力をお借りて介護生活の支えとしました。「真剣だと知恵が出る。中途半端だと愚痴が出る。」と心に秘めて。


認知症の人と家族の会 東京支部の機関紙「きずな」266号(2014.6)に掲載されたものを著者及び発行元にご承諾を得て、転載させていただきました。

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コメント

おはようございます。
身に余る応援ありがとうございます。
応援コメントがパワーの源になります。
時々で結構ですのでコメントを頂ければ嬉しいです(^^)
朝夕、虫の声が聞かれる様になりましたが、まだまだ厳しい残暑が続く様です。お体ご自愛なされて有意義な日々をお過ごし下さい(^^)/
P子も低空飛行と中空飛行を繰り返しながらも平穏無事に過ごしています(^_^)
2014/ 08/ 24( 日) 05: 19: 12| URL| キーやん# mB.BT9Ic[ 編集 ]
 
認知症の人と家族の会の機関紙「きずな」におまとめになった記録を読ませていただきました。日ごろの手記を読んでいるだけに、すべての項目が身に沁みました。ありがとうございました。
2014/ 08/ 23( 土) 13: 22: 47| URL| 福島良寛# 3QeobDYM[ 編集 ]
 

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