書「アルツハイマー病の妻とともに」を読んで

「アルツハイマー病の妻とともに」を読んで心に残った言葉 
著者;アルフレッド フールマン 訳;那須弘之       

《 アルフレッド フールマン氏の基本的な考え 》

◎アルツハイマー病患者の赤ん坊への回帰
 大人が知覚・思考・行動力を失い、その人間存在をまったく変えてしまうとき、彼らはもう一度違ったふうに赤ん坊の時代を生きる、しかもかっての調和と屈託なさの中で。
◎アルツハイマー病患者の家族
 彼らは皆まことに超人的な苦しみを担う、しかしそれを悲嘆と絶望に終わらせてはならない。たとえ彼らの苦しみがどの様に測りしてない程のものであっても、そこには神に与えられた奥深い意味がある。
◎どんな苦しみよりも大きく
 おまえの愛がどんな苦しみより大きければ、おまえの心は想像を絶するものにも耐えるだろう。おまえにすべての力を捧げる用意があれば、おまえは人間らしく生き続けられるであろう。
◎慈悲――最高の愛
 男女の愛は人を幸せな気持ちにさせる。慈悲の心は人間の悲惨な苦しみを和らげる。二つとも素晴らしい献身的な愛である、最高の愛はしかし慈悲の心に与えられる
 
《 心に残った言葉 》
◎第一章 アルツハイマー病の第Ⅰ期
*アルツハイマーは脳疾患によって自分の人なりとその現存在を根底から変えてしまう
*アルツハイマーは二次的な病気のみによって救済される。…それは死!
*人間は身体と精神の他に心がある。心はアルツハイマーでも侵されない。しかし、心も過ぎた時代すなわち子供時代にそして赤ちゃんに。だから大きな赤ちゃん同様の援助を必要とし保護されなければならない。大切なのは明るく話す会話、微笑み、スキンシップ…これは心の栄養!
*自己批判・自己評価と自己観察が出来なくなる
*自信と安心感を!。脳に障害が出て精神機能・身体機能が衰えたことを感じさせない繊細な向き合いが大切。ただ、決して心情の世界は変わらない。
*病気に罹っている器官は、特に進行性の強い病気では、負担を与えることはせず、むしろ大切にすべきである
*脳萎縮疾患は薬物によっても、精神的訓練によっても絶え間なく進行する
*自分の行為について意識的に弁明することが出来ない
*何を行うにも、これから行うことを話し掛けて一緒にするという連帯感が安心と自分に対する許容を生む
*手先の能力がなくなる。…教えても徒労。失われた身体的能力は二度と回復しない。
*巣症状…大脳に局在病変がある場合、それに対応した精神・神経機能障害(脱 落あるいは刺激症状)が起こる。運動・知覚をはじめ複雑な言語。行為・認識、更には記憶・意識・感情・意欲等までに関係するものもある
*アルツハイマー病に特徴的ともいわれている家族的負因
*調和が必要。自分自身が内面でも均整の取れた状態を保ち、患者についても理解と善意と愛情を持って接する様に努めなければならない
*アルツハイマー病の患者は自分に起きていること全てを意識・知覚することが出来ない状態である
*アルツハイマー病の患者は一部の行為能力は残っている。しかし選択する能力はない
*積極的安楽死など論外、しかし何もしないで消極的安楽死を待つなんて出来ない
*アルツハイマー病の患者は話し掛けても反応もなく、そして届かない所に居る様に見えるが、実際には一つの通じる道がある。それは患者の感情と心の道
*アルツハイマー病に存在している命の要求を…

◎第二章 アルツハイマー病の第Ⅱ期
*この病気には家族的負因が特徴的であるという見解は等を得てないように思われた
*妻は周りに何が起こっているか感じとることができない
*私は不安もなく生きていく彼女に安堵する
*彼女は自分にふりかかる運命に気づかない
*何というアルツハイマー病者への恩籠
*丸7年間妻は自分の意識もなく応答もせず完全に麻痺してベッドに横たわったままである。しかも彼女の死は今のところ予測できない。アルツハイマー病患者が健康ならなお長い間生きることができ、そして死は二次的疾患に因ってのみ起こる

◎第三章 アルツハイマー病の第Ⅲ期
*口の手入れ。妻は意識がないため吐き出すこともできず、すべてを飲み込んでしまう。歯ブラシが口に触れると、妻は不安感から即座に口を閉じようとする
*噛むことができなくなった妻には誤嚥や嘔吐を防ぐために「四か月栄養開始」と書かれた幼児食まで後退した
*アルツハイマー病自体よりも、進行した気管支炎の方が妻の介護をますます難しくした。ありがたいことに人間は自分の役目がより困難になれば、それに相応して内面的に成長し、ますます我慢強くなれる
*精神病者を「生きる価値のない」人間として評価することはぞっとする、正に悪魔のような考えである。自分で全く何もできない状態であっても、価値を持った神の被造物である。妻はアルツハイマー病にもかかわらず人間としての価値においては不変のままであるという私の固い確信が、私に妻のアルツハイマー病の運命に対して諦めず、くじけないようにさせる力を与えてくれた第一のものである  記/キーやん
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コメント

お褒めの言葉としても“哲学者”なんてとんでもないことです。
P子の介護をしているので「なるほど!」と思ったことを忘れないようにメモっただけです。
メモったら忘れてしまいますけれどね(^^;)
2014/ 08/ 26( 火) 21: 50: 08| URL| キーやん# mB.BT9Ic[ 編集 ]
 
ご返事、ありがとうございました。それにしても、キーやんさんはすぐれた哲学者でもありますね。感服しました。
2014/ 08/ 26( 火) 20: 10: 40| URL| つとむ君# -[ 編集 ]
 
<本の序言からの一部抜粋>
この病歴の特異な点は、著者の全生活を自分の妻の世話に捧げる外的条件が備わっていたということだけでなく、彼自身も心身障害児特殊学校の先生としての職業的基礎知識により、この努めを果たすのにとくに準備ができていたということにある。私にはこの長年にわたる個人的介護を可能にした内面的な前提はとくに比類のないものおように思われる。すなわち、幸福な結婚生活の中で生まれた二人の間の深い調和、介護者の大きな倫理的力、そして自分自身の要求を退け、妻への共感に満ちた愛情ある思いやりの中で自己実現を求めようとし、そして彼女の人格、自我意識の喪失に対する強い悲しみの中でも、繰り返し彼女との人間的つながりに新しい道を見いだそうとした彼の力とである。

<僕のアルフレッド フールマン氏への思い>
アルフレッド フールマン氏はキリスト教と仏教にある「愛」「慈悲」「感謝」の心を持たれ、そして何事も、「今、何をするべきか」とポジティブにを考えて介護生活を有意義に過ごされた方だと賞賛します。
2014/ 08/ 24( 日) 06: 05: 32| URL| キーやん# mB.BT9Ic[ 編集 ]
 
凄くて、そしてすばらしい言葉の数々ですね! このご本を書かれたアルフレッド フールマン氏とはどういう方で、また、どういう目的で書かれたのでしょうか?教えてください。
2014/ 08/ 23( 土) 14: 38: 39| URL| 勉むくん# 3QeobDYM[ 編集 ]
 

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