【聞いて】 一人合点39

 てんしんさんのつぶやき

 ひとりがてん・39「人さまの目」

 関東のみずがめも少し回復・めでたいです。
 山の大雪が日本社会を支えている・・・のですね。
 ところで、Y紙の投書に「・・・ありのままの自分で居ることが大切なのだ・・」とありました。中学生さんですよ。
 わが身振り返ると、「人さまの目」を大切と身を処してきたようです。
 胸に手をあて、「自分の目」が成長しているか判定すると、つまりは「同じ」なんだ。自分の「ものさし」をキチンと持てばいいのだ。・・と思うのです。
 2016/ 06/ 21( 火) 13: 37: 50| URL| てんしん# -[ 編集 ]

 ひとりがてん・39・つづき

 観光国かの国では、日本人を見分ける方法・・なんかが話題になるらしい。
 清潔感があり、髪もまあ整っている、ズボンもだぶだぶではない、座りこまない、・・さてわが身は・・「外出着は代えて」とかみさんが煩いお陰で最低レベルは維持、帽子もボサボサ隠すため、「人さまの目」も直接的意味で、大事ですよね。
 2016/ 06/ 22( 水) 08: 52: 20| URL| てんしん# -[ 編集 ]

 
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【聞いて】 一人合点38

てんしんさんのつぶやき
 ひとり・がてん38「えんまさま」

 関東の水甕・少し溜まって欲しいと願うこのごろです。
 6月はあの町の「えんま市」が賑わう月、500から600軒の屋台が並びます。
 閻魔大王さまの鎮座されます「閻魔堂」が中心ということで、賑わいます。田植えなど農作業一段落の区切りの楽しみなのでしょう。この閻魔堂の天井絵に「地獄の有様」がぎっしり描かれています。薄暗く、天井は遠いので細かく見えないのですが、血の池、針の山、熱湯窯茹で、なんかたくさんありました。
 閻魔大王さまは、インド神話によると、死後の世界を最初に発見した人間なんですとさ、そしてなにかの拍子に「地獄」「極楽」を判定する役目を引き受けたのだそうです。うれしいことに?・・判定は公正そのもの、つまり、「閻魔帳」で判定するのです。
 好物の「こんにゃく」を奉納しても判定はかわりません。
 ところで、、呵々大笑の「閻魔」が極楽案内しているケースなどあればお参りしたいです。
 2016/ 06/ 14( 火) 20: 39: 17| URL| てんしん# -[ 編集 ]

 

【予告】 6月16日(木)は、NFS定期サロンです

梅雨入りした筈なのに、まるで夏が来たようなここ数日でした。
でも、天気予報によると今日(13日)は大雨だそうです。

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
本メールは次回サロン(6月16日の例会)とみたかオレンジ・カフェのご案内です。
お誘い合わせの上、多数ご参加ください。

      6月の定例サロンのご案内
― <平成28年度第3回 みたかNFS例会(サロン)> ―
日時:平成28年6月16日(木)13時30分~16時00分 
場所: 三鷹市福祉会館会議室 三鷹市野崎1丁目1−1 0422-46-1108

                 プログラム 
① ひと言・自己紹介(全員)
② 傾聴とご相談:はじめてご出席の方を囲んで
③ 聞いて・きいてコーナー
  みなさんからのご報告と提案
④ 事務局からの報告
  1)認知症にやさしいまち三鷹・実行委員会の報告
  2)NHKアンケートの謝礼(5000円)の使途について(ご相談)
  3)ブログの現状について、その他
⑤ 今月の話し合い{看取り}について
  みなさんの率直なご意見と現状での問題点
➅ その他: 時間まで懇談       以上



大きな地図で見る
サロン(定例会)会場
三鷹市福祉会館 三鷹市野崎1-1-1(三鷹市役所敷地内)
TEL: 0422-46-1108~9
JR三鷹駅 南口7番乗り場から小田急バス「鷹54」系統(仙川行、晃華学園東行)で三鷹市役所前下車..
所用時間は約10分。市役所構内で係員に福祉会館とお尋ねください。


      オレンジカフェのご案内
次回の「夕どきオレンジカフェ」は6月28日(火)の19-21時、
昼どきオレンジカフェは7月6日(水)の14-16時に開きます。
お気軽にご参加ください。
場所は「グループリビングみたかの家」です。以上


みたかの家

オレンジカフェと夕どきオレンジカフェ会場地図
グループリビング みたかの家 三鷹市下連雀4-5-19

 

【投稿】 他人(ひと)の眼、自分の眼

 桜田丸彦さんより、ご投稿をいただきましたので紹介いたします。


  他人(ひと)の眼、自分の眼

 私の脚はマリオネットのそれのように、膝から下がぐらぐらして定まらない。だから歩く時は二本の杖を使う。一つはロフストランドクラッチという腕を支える環がついた杖で、これを左手に、右手は普通のステッキタイプを用いる。
 こういう恰好で雨が降らない限り毎日午前午後、ほぼ400米ほど、自宅の前の道を歩いている。当然のように隣近所の方々と会うことになり、黙礼であったり、簡単な挨拶、時には立ち話をすることになる。
 出来れば誰にも会いたくない。会っても黙礼ぐらいですませたい。しかし、そういうわけにいかないというのがご近所づきあいというものである。
 歩き始めた頃、殆どの人たちは脳梗塞の結果だと思っていたらしい。まぁ、ごく普通の認識だと思う。しかし、そうではない。歩けなくなったのは頸椎損傷のせいである。
 2012年の夏の終わり頃から首の痛みがますますひどくなり、10月に入ると杖なしでは歩けなくなった。そして11月にはもう一歩も歩けないという状態に陥りその月末に手術。病名は「頸椎症性脊髄症」。頸椎の椎間板の損傷による脊髄の機能不全である。
 手術の後、三ヶ月のリハビリを終えて後は自宅での自主リハビリというわけだが、三年半を過ぎても歩行不全は改善していない。
 「頑張っていますね。頭が下がります」とおっしゃるご婦人。「回復したら海の公園までお供しますよ」とおっしゃって下さる男性。以前は黙礼すらしなかった少し離れた家の奥さんからの声かけなど、他人の同情と優しさが私には煩わしい。
 以前、東京で開いていた句会を欠席せざるをえなくなり、ネットでの参加を申し出ると、仲間がわざわざ近くまで来てくれることになった。最寄りの駅までタクシーで行き、私鉄で五つめの駅まで娘が同伴して会場に出かける。特急は混んでいるから各停に乗り、帰りはタクシーである。混んだ電車に乗って座席を譲られるのを期待するように思われるのが嫌なのである。
 時々、自宅の廊下の片隅にある鏡に自分の全身を映してみる。そこには80歳の年老いた男が、腰に力を入れてやや前かがみの姿勢で両脚を少し開き気味に立っている。猫背である。人の眼に、この老人はどのように映るのだろうか。
 年月が経ったからといって日々良くなるわけではない。逆に、以前は800米ほど連続歩行が出来たのに、最近は400米少しで、歩行力が後退していると思っている。筋向いのご主人に「以前より良くなりましたね」と言われて、「その逆です」と答えると彼は申し訳なさそうに首を傾げ、以来、挨拶だけになってしまった。彼の励ましを無にしてしまい後悔したが、なぜか、調子を合わせることが出来なかった。そして、彼にとっては所詮他人事で、それが当たり前のことだと思うのである。
 自分は狷介になってはいないか。意地っ張りになってはいないか。絶えず自問自答しているが、これも他人から見ればどういうことになるのか、私にはわからない。
 時々、いとも軽やかに歩いている夢を見て「あっ、歩けるじゃないか!」と言って目が醒めることがある。この夢は生きている限り見続けるだろうと思う。

記/桜田丸彦

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ロフストランドクラッチ wiki より(編集係:注)